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海賊フックとその一族

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2011年4月25日 (月)

今住んでいるところの歴史を振り返って

◇今住んでいる「龍ヶ崎の地」はどうなのか??地震に強いのか?あるいは、危ないのか?

太古の時代から人類が住み、その遺跡とか、古墳などがある地域は安全ななのだろう・・・と、

茨城南部、つくばの地質を研究している工学院の地質研究所に「地質標本館」(入場無料)があって、古代からの歴史的な研究記録があります。

●筑波稲敷台地から見た歴史年表
http://www.geocities.jp/itaka84/rekisi/nenpyouidx.htm
(色文字は筑波稲敷関係事項) かを調べた。

龍ヶ崎市は「筑波稲敷台地」に南に位置し、同じ台地の延長線上にあります。この台地は筑波山の南に広がり、北には土浦市との境界になる桜川、南西には小貝川、北東には霞ヶ浦に囲まれています。

(台地とは、一般に周囲より一段高く表面がほぼ平らな地形を言います。その多くが気候変動による海水面の低下や地盤の隆起、火山の噴出物の堆積によって形成された洪積台地からなります。長く荒地として放置されていましたが、近世以降かんがい設備の整備により農地として開発されたり、近代以降は大都市近郊では住宅地や大規模な工場用地としての利用が進んでいます。)

また、北に位置している「筑波山」は福島県の阿武隈山地から続く山なみの南端にあり、硬い地盤で地質は安定しています。(最近、土盛り造成したところは不安定ですが…)

関東平野は富士山の噴火で降った灰がつもった関東ローム層で覆われています。東京での関東ローム層は数百メートルあるそうですが、この辺りは二メートルくらいの厚さだそうです。この層は2万年から5万年前にかけて積もりました。

その下の地層は、古代鬼怒川が流れて作った砂と泥の層で、常総層と呼ばれ、6万年から12万年前に出来たといわれています。(数万年前というと、旧石器時代、人はいました)

常総層もその下は海でしたが、陸になって年月がたっていることから固くなり、液状化することはありません。また、「活断層」も見つかっていません。

しかし、地面はマグマの上に浮いている浮き島だそうです。大きく日本列島を見ると、南から「フィリピンプレート」、東からの「太平洋プレート」が、日本を載せている「ユーラシアプレート」の下に潜り込んでいます。あいにくフィリピンプレートと太平洋プレートがぶつかっているのが茨城県南部で、ちょうどこの辺りです。ですから、茨城県南部を震源とする地震は大小たくさん起きています。

特徴的なのは、震源が深いことで、30kmとか50kmあり、これくらい深いとエネルギーが分散するので、マグニチュードの割には震度は小さくなります。

恐ろしいのは海溝型の巨大地震です。かっての「関東大震災」(海溝型)は横浜方面が震源でしたが、この地も結構強い揺れにあったようです。

以上から、この地(龍ヶ崎)は地震に対しては良好である。首都圏では最善の土地ということになります。

皆さんも土地のルーツと時代時代の事件を研究するといろいろ見えてきますよ!!

◇東大地震研が首都圏直下型地震へ注意を呼び掛けている。今回の地震では内陸でも思わぬとところで「液状化現象」が起き、また津波にも襲われている。

今住んでいるところが長い歴史のなかで、自然に対し“どうだったのか?”、今一度、勉強し、来るであろう自然災害に備えてく必要があると思います。

●東日本大震災を引き起こした3月11日の巨大地震の影響で、茨城県南西部や東京湾北部、静岡県東部などの地域で地震が起こりやすくなっているとの解析結果を東京大地震研究所の研究グループがまとめ、22日発表した。政府が想定する首都圏直下型地震の震源域も含まれ、注意が必要と呼び掛けている。Pk2011042302100009_size0

 大きな地震が起こると地下の力のかかり方が変化し、周辺の活断層に影響を及ぼす。ひずみがたまる向きに力が加われば地震が発生しやすくなるが、逆にひずみが解放されれば地震は起きにくくなる。

 石辺岳男特任研究員(統計地震学)らは、1979年から2003年までに首都圏周辺で起きた約三万回の地震(マグニチュード2以上)で断層の動きを分析した。そして30キロ四方の領域ごとに、東日本大震災後に地震が起こりやすくなった断層がどれぐらいあるか調査した。

 その結果、震源が30~100キロと深い地震は、茨城県南西部と東京湾北部から千葉県東部にかけての地域で起こりやすくなり、震源30キロ以下の浅い地震は静岡県東部や神奈川県西部などで起こりやすくなっていることが分かった。

 石辺研究員は「これらの地域は実際、東日本大震災後に地震活動が活発になっている。備えを怠らないでほしい」と話している。

 政府の地震調査委員会では南関東一帯で今後30年間にマグニチュード(M)7級の地震が起きる確率を70%と評価している。

◇関東大震災は、龍ケ崎地震の2年後、1923年(大正12年)9月1日に発生している。

龍ケ崎地震は直下の地震、関東地震は海洋型の大地震。

両者に関連はないとは思うが…。

●「龍ケ崎地震」

龍ケ崎地震は、1921年(大正10年)12月8日発生、マグニチュードは7。龍ケ崎では、墓石が多く倒れ、田畑、道路に亀裂という地震で、甚大な被害、というわけではなかったようだ。

【茨城南部における地震危険度 】

地震は断層によって生じます.断層とは岩盤がある面を境にしてずれる現象です.地殻中にひずみが蓄積されて岩盤の強度を超えると断層破壊が生じて、ひずみのエネルギーが地震波として放出されるのです.地殻中にひずみを蓄積させる主力はプレートの運動です.プレートとは地球表面を厚さ100kmほどで覆う岩板で、十数枚ほど存在します.これらがお互いに押し合ったりずれ合ったりする境界で大きなひずみが生じて強い地震が頻発します。

   関東地方の地下には、大陸のプレートの下に東から太平洋プレートが沈み込み、さらに南方からフィリピン海プレートが太平洋プレートの上に潜り込んでいて、世界でも有数な地震頻発地帯になっています.太平洋プレートが沈み込むところが日本海溝、フィリピン海プレートが沈み込むところが相模トラフ・南海トラフで、これらはいわば巨大活断層です。Epicenter

 茨城南部に影響を与える地震には、(1)関東平野南部の地下で起こる直下型地震、(2)日本海溝の陸側の鹿島灘・福島沖で起こるプレート境界地震、(3)相模トラフで起こるプレート境界地震があります(図5).なお、この地域には活断層の存在は認められていない。
 
最も頻繁に起こっているのが(1)です.これは主として、フィリピン海プレートと太平洋プレートとが接触している付近で起こっています.接触面は地下50~70kmぐらいのところにあるので、震源の深さもそれくらいです。マグニチュード(M)は一般に5以下、せいぜい6クラスであり、震源がかなり深いため、地表での震度は5強までです.ただし震源が浅いと、1855年安政江戸地震(M6.9、死者4,700)のように局地的に大きな被害が生ずる可能性はあります.1921年のM7.0 の地震は龍ケ崎地震と名づけられていますが、実際の震央は阿見付近で深さは60kmでした.このMは被害の分布範囲などから推定したもので、実際はこれより0.5ほど小さいとしたほうが良いようです.

一般に、震度5強以上の強震域は震源断層からの距離がM7で30km程度、M8で100km程度です.震度5強では建物倒壊などの被害はわずかです.なお、1998年から震度は密に配置した震度計により決められることになり、震度5強以上など強い地震の回数がそれ以前に比べ数倍にも増加しています.

(2)は日本海溝での沈み込みによる地震で、ここはM8クラスの巨大地震が起こる場所ですが、これまでのところ最大のMは7.5です.震源からの距離は100km以上になるので、茨城南部での震度は5を超えることはないでしょう.同じ日本海溝沿いでも宮城・三陸沖ではM8の地震がたびたび発生しています.地震波は日本海溝に沿って南に伝わりやすいので、三陸~福島沖の地震でも茨城南部における震動はかなり強くなりますが、被害をもたらすほどにはなりません.

(3)は相模湾~房総南方沖で起こるM8の地震で、1923Hazardmap年関東地震、1703年元禄地震はこれです.相模湾域では85年前の関東地震によってひずみが解消されているので、ここ100~200年ぐらいは大きな地震は起こらないと考えられています.関東地震のときの茨城南部における被害はわずかで、龍ケ崎では被害規模から震度5強と推定されます.しかし関東平野の基盤が深い埼玉東部低地では、茨城南部よりも遠いところにおいても大きな被害が生じました.たとえば震央から90km離れた幸手では住家全壊率が30%近くで、震度6強以上の揺れでした.

海溝型の地震や内陸活断層の活動による地震の発生確率と、それらが起こった場合のそれぞれの地点における震度をマグニチュード・震源距離・地盤条件などから求めて、今後30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率の分布図が日本全域について作成されています(図7).茨城南部ではこの確率は15%程度になっています.ただし、南関東におけるM7クラスの地震の頻度とその影響域をやや大きめにとっているように見受けられます.

○神戸地震でもテントや自炊道具がたいへん役に立ったようです。備えて、普段から庭で予行演習するのも楽しいと思います。

2011年4月19日 (火)

北緯40度東端の地球村は残った

安全第一のいましめ。2度あることは3度ある。津波がきたら高い所へ逃げることは小さい頃から聞かされ、地震と津波は同時連動と教えられてきた・・・と

一刻も早く、一日も早く、漁業の復興を願っています。

過去の教訓を生かした譜代村(北緯40度東端の地球村)

▽・・・「まさか、こんなに巨大な津波が襲いかかるとは・・・」
明治8年3月3日の三陸沖から78年目の平成23年3月11日、その大惨事は現実になった。推定14-20メートルの巨大津波がすさまじい勢いで襲いかかり、一瞬で村内の漁港は壊滅状態になった。この東日本大震災による大津波を特集した岩手県譜代村の広報誌(ふだい:3月号)には写真とともに被災状況が掲載されており、記録として確実に後世に伝え残すと書かれている。

『広報ふだい:3月号』
http://orange.webdos.net/~kunohe/koho_fudai/2303/f2303.pdf

▽・・・「東北一の防波堤と水門」という大堤防が三千人の村を救った。三陸海岸の北部(北緯40度)にあり、“東端の地球村”と称している譜代村。漁業が盛んで良質のこんぶ若布の産地で有名だ。3月11日に発生した巨大地震、村でも大きな横揺れで震度5を観測した。そして、午後3時27分、巨大津波が襲い、漁港は壊滅した。だが、波は防波堤を1メートルほど乗り越えただけで、千世帯、三千人が住む集落まで来なかった。防波堤の内側にいた人の被害はゼロ、住宅への被害もなかった。

(普代全体でも人的な被害は他の県市町村の比べ、行方不明者含め3名と少なかったようです・・・)

▽・・・高さ15.5メートル、全長130メートルの防波堤と、同じ高さで全長200メートルの水門が人名と財産を救った。1970年(防波堤完成)と1984年(水門完成)は、1896年の「明治三陸大津波」で1010人の人の命を失ったことの教訓だ。 

●普代村堀内港の津波遡上高?

http://blog.fudai-products.com(Blog:普代村の散歩道より)

BLOGの作者は“写真から自然のすごさ、恐怖を感じて参りました・・・

昨日の岩手日報 Web.Newsによると、
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20110416_3

「宮古の津波遡上38.9メートル 明治三陸超える」 

▽・・・東日本大震災の大津波で、陸地の斜面を駆け上がった津波の高さ「遡上(そじょう)高」が、宮古市・姉吉地区で明治三陸津波の最大値を上回る38・9メートルだったことが東京海洋大の調査で分かった。
  湾奥が狭くなるリアス式海岸では、遡上高が30メートルを超えた。宮古市・田老地区で37.9メートル、大船渡市三陸町綾里は30.1メートル、田野畑村・島越でも27.6メートルを観測。と書かれています。
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2011年4月16日 (土)

福島原発人災事故!!本当のところは?その10「パエトーン」

『パエトーン』無料WEBコミック
http://usio.feliseed.net/paetone/

遠いむかし、神になり代われると思いあがった若者・パエトーンをめぐる悲劇。ギリシャ神話に描かれたこの物語を現代に展開し、原子力発電の是非について世に問いかけた山岸凉子の短編作品『パエトーン』(1988年作品)を、今回Webにて特別公開。

「原子力発電」の必要性や安全性については賛否様々なご意見があると思いますが、本作品をひとつの問題提起と捉え、将来的なエネルギー問題を議論してゆく上での一助としていただければ幸いです。(潮出版より)

●このまま続投して大丈夫ですか?

4月2日、菅直人首相(64)が岩手県で震災被害が大きかった、陸前高田市を視察した。
だが、その振る舞いは被災者たちを凍りつかせるものばかりだったという
(以下引用)
「出発は早朝ということもあって、菅首相は、終始不機嫌そうな表情でした。顔には生気がなく、髪の毛には寝癖が残っていました」(首相官邸関係者)
「陸前高田市のヘリポートに着いてから、市役所の仮庁舎に向かうマイクロバスの中のことでした。菅首相は、がれきの山となった市街地を見て、眠そうな目で『津波ってすごいんですね…』とつぶやいていました。まるで、人ごとのような口ぶりでした(前出・官邸関係者)
同行したのは平野達男内閣府副大臣ほか。現地では陸前高田市が選挙区の民主党・黄川田徹衆議院議員(57)たちが合流した。
「黄川田吟は、今回の津波で、実母と長男を亡くされました。また、妻と実父が今も行方不明です」(地元関係者)
今回の菅首相の視察も、黄川田議員が被災地訪問を訴え続けてきたから実現したという。
だが、菅首相が避難所の一つである、米崎小学校を訪れたときのこと―。
「菅首相は、被災者が寝泊りしている小学校の体育館に、土足で上がろうとして、あわてて周囲に止められたんです。目を疑いましたよ(前出・地元関係者)
体育館に入っても、被災者への“心ない発言”が連発されたという。
「たとえば家族を亡くした小学生の男の子をつかまえて『ボク、やっぱり日本ハムのファン?』なんて。ここは北海道じゃないのに、質問の意味が不明です」(現地関係者)
ほかの被災者に感想を聞いても、菅首相の印象は悪い。
「最初は一人ひとりと話をしていましたが、あとは『頑張って』と、おざなりな言葉を一言かけるだけ。本当に心配してくれているとは、思えませんでした」(被災者の一人)
体育館にいた被災者には、怒りと不信感だけが残った[PR]バストアップ・エクササイズ
「がれきの山となり、潮やガソリンの匂いが混じった市街地を歩いたときも『臭うな』と文句をいったり、おろしたての靴を気にして、泥水のたまっている場所は『靴が汚れる』と、避けていたり。地元の人間として、怒りを感じました」(別の現地関係者)
この首相の様子に視察を願い出た黄川田議員も、ショックを隠せなかったようだ。
「あの、すさまじい被災地の光景を目の当たりにして、涙ひとつ流さず、防災服や靴の汚れを気にしているような人に、国民の命は任せられないと漏らしていましたよ」(前出・官邸関係者)
(引用「女性自身」より)

●平時の才でもなし、ましてや変事は???

《くにのあとさき》 湯浅博 「変事の才」にほど遠く2011.4.16 02:50

以下抜粋 
波紋が広がると、官房参与は前言を否定して言わなかったことにした。

官邸ではサギをカラスと言いくるめることこそ健全であるらしい。

「市民派」は首相官邸の主になっても、まだ、床屋政談をやっている。

元外相、重光葵は英国の首相チャーチルを称して「平時の器ではなく、変事の才」といった。日本の菅首相は、平時でも危ないから、変事のいまはなおさらだ。
チャーチルは、「敗軍の将」であるゴート大将を罵倒もせず、むしろ、兵を無駄死にさせなかったとして最高勲章を用意した。
こちら菅首相は、東京電力本店の対策本部に乗り込んだから、後方支援部隊を励ますかと思ったら、逆に怒鳴り散らした。
まるで沸点の低い古参の部隊長である。
ののしりは首相の快事なのか。

振り返れば「変事の才」は日本にもいた。

昭和61年に伊豆大島の三原山が噴火して、島民1万余に危険が迫った。
時の政府は、中曽根首相、後藤田官房長官、佐々内閣安全保障室長という布陣だ。
その経験が平成12年の三宅島全島避難に生きた。
知識と経験は世代を超えて引き継がれる。

だが、7年の阪神・淡路大震災の当時、内閣官房副長官だった石原信雄氏に、菅首相が「阪神の態勢はどうだった?」と聞いたのは、「3・11」から2週間もたってからだった。国家の非常事態であっても、政変や選挙で政権交代した例はある。

大正12年9月1日の関東大震災だって、加藤友三郎首相が死んで政権空白のまま8日目に大地震が起きた。
翌日になって山本権兵衛が首相になって乗り切った。
日本でも幣原内閣が終戦から5カ月後に総選挙を計画した。
だが、公職追放の資格審査に手間取り昭和21年4月になった。
「自粛不況」に陥れば被災地支援にも向けられない。
消費が復興のためになるのであれば、解散、総選挙だって復興のためになる。

●国会とは?《産経抄》

 国会とは何をするところだろうか。参議院の公式ホームページを開いてみると、「国会は、国民に選ばれた代表者が話し合って、国民のためにさまざまなことを決めていく大切なところです」とある。

 ▼「さまざまなこと」の中には、法律づくりや予算案の議決だけでなく、税金を国民からどれだけとるか決めることも当然、含まれている。東日本大震災という国難に立ち向かうため、国会では復興策やその財源をめぐって連日、激論がかわされていると思いきや、どうやらそうではなかったらしい。

 ▼政府からはいまだに震災対策のための法案が国会に一本も提出されていない。急を要する第1次補正予算案さえ、来月にずれこみそうだという。

 ▼強いリーダーシップをお持ちの菅直人首相は、国会の現状を憂えるあまり、もうひとつの国会を作りたかったのだろう。そうでなければ、震災復興策の青写真を検討する政府の「復興構想会議」の議長が発足早々、「復興税」導入をぶちあげはしまい。

 ▼東北や茨城、千葉の被災者を助けようと義援金は日本赤十字と中央募金会分だけで約1500億円も集まり、増え続けている。赤ちゃんからお年寄りまで1000円以上ずつ出している計算だ。
だからといってすぐ増税、では復興に立ち上がろうとしている企業や個人の足を引っ張りかねない。

 ▼五百旗頭真議長は、政府の覚えめでたい学者だが、経済はど素人だ。第一、大事な増税の話を学者を隠れ蓑(みの)にするとは、国政を預かる首相として恥ずかしくないのか。危機に対処できない政治家に議員バッジは要らない。

2011年4月13日 (水)

福島原発人災事故!!今日もティ-ブレイク・・・といきたいのですが

肉骨茶 (マレー語 Bak kut teh)ってご存知?

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海外に行くと、必ず現地の食事を食べます。駐在員は日本食は比較的高いし、いつも食べられないので、日本からの出張者などが来るとシャンスとばかりセットします。一回は付き合いますが、出来るだけ現地の普通の人が食べる、街角の食堂へ行くようにしています。

Photo

Img_4092_r_2 マレーシアでは≪バックティ≫がお勧めです。現地の労働者が朝からかぶりついています。現地でバックティの素を買って帰って来たら、日本でも売ってました。

簡単に作れるし、美味しいので是非トライしてください。

海外に行くと必ず現地の食材を買ってきます。タイではとびっきり辛い唐辛子を買ってきますが、日本では“なんでこんなもの買ってくるの?”・・・と評判悪く、大抵お蔵入りです。

でも、それが楽しい!!

【Wikipedia】

肉骨茶(バクテーもしくはパクテー)はマレーシア及びシンガポールの鍋料理である。 「肉骨茶」は中国福建語由来であり、その発音から「Bak kut teh」と綴られることが多い。

(但し最後のhはマレー語のteh(茶)に合わせて付け加えられたと思われる)

ぶつ切りの豚あばら肉(皮付き)や内臓肉を、漢方薬に使用するハーブと中国醤油で煮込んだもので、土鍋で食される。食材はその他にレタス、きのこ類、湯葉、厚揚げや中国式揚げパンの油条を入れることもある。 よく使われるのはスターアニス(大茴香)、シナモン(桂皮)、クローブ(丁子)、コショウ(胡椒)、ニンニク(大蒜)などであるが様々である。 スープは烏龍茶のような色のことが多いが、茶とはいうものの茶葉は普通は使用されない。なお、しばしばお茶漬けのように飯にかけて食される[1]。 外食として朝食や昼食で食べられることが多く、いっしょに鉄観音などの中国茶がよく飲まれる。 現地の人間にとってはファーストフードといえるが、中味は薬膳料理の一種ともいえよう。

マレーシアがまだ英国の植民地であった頃、中国本土よりやってきた中国人(福建人)が故郷の料理に習って作り出したのが発祥である。彼らは主に港で苦力として働いていたが、重労働の彼らにとって安くて良い栄養補給源になった。そしてそれが広がり今ではマレーシアやシンガポールの地元料理となった。 クアラルンプール近郊の港町クラン (Klang /旧 Kelang) は発祥の地として知られ、店も多い。

マレーシアでは有名な料理であるが、豚肉を食べることが禁止されているムスリムのマレー人(最大民族)は口にすることはなく、人口の3割ほどを占める中国系の華人に好まれている料理である。 現在ではマレーシア風、シンガポール風、福建風、海南風に分類できるともいわれている。

外食が多いマレーシア人、シンガポール人ではあるが、スーパーや薬局では肉骨茶の素が売られており、ティーバッグのものもあり家庭で手軽に作られている。 この場合、煎じ薬である漢方薬の薬効を期待して特別なブレンドのものや、肉骨茶の豚肉以外にも鶏肉や玉子などを使って作り医食同源を実践している。 一部の薬局では各種の漢方薬を客の要望に応じて調合しており、民間療法になっている。 

●自然に謙虚に、歴史から学ぶこと、そして自然に忠実になることがどんなに大切か!教えられます。ヨットでも自然には逆らえないこと、少なからず体験しました。自然を受け入れたら、いくらでも予算が必要で、そなんこと聞いていたら原発なんか出来やしない!!…っと、原発推進者たちは歴史からの警告を無視した結果、未曾有の大参事になりました。Imgjpnfight

【明治の経験、今に生きる 74人無事の岩手の集落】
 明治時代の津波で壊滅的被害を受けた経験から、「自分の身は自分で守る」の精神を受け継ぎ、東日本大震災の津波に見舞われながら、外出先で不明となった1人を除く74人が無事だった集落が岩手県大船渡市にある。http://sankei.jp.msn.com/life/news/110412/trd11041222350022-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110412/trd11041222350022-n2.htm

●不幸にも、大参事の現場に最悪の指導者が立ちはだかって、日本人全員の足を引っ張っています。

【櫻井よしこ 菅首相に申す】
政権による政治的人災
2011.4.13 03:24
 事故発生からひと月が過ぎて、原発は制御に向かうかわりに、チェルノブイリと同じ「レベル7」という最悪の評価を下されるに至った。菅直人首相の下、政府は、スリーマイル島原発の事故と同じレベル5にとどまるとの見方から「最悪」事態の認識へと後退を迫られた。http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110413/plc11041303240000-n1.htm

●神様に祈念しましょう!! Dog_b_2 (こんぴら狗)Main_title_2

2011年4月12日 (火)

福島原発人災事故!!本当のところは?その9

Dst11041216470044g1_2

レベル7に到達したが、収束の見通しはまったくなし 。

統一地方選挙前まで、隠していたことが明白。 不自然極まりない。 

事故レベルと事故内容は違う。
チェルノブイリは黒鉛炉の暴走から、爆発火災
福島第一は軽水炉の冷却喪失から、炉心溶融
レベルが大幅に上がったのは、政府と東電の対応が遅いから。
チェルノブイリと同じ点は情報を小出しにした事。

ただ水で冷やすのみで有効な手段が無い状態だから、現時点で最良のシナリオは多くの人間を犠牲にし水を注入し続け、大量の放射性物資を少しずつ海に空に大地に撒き散らしながらカタストロフィを回避する事のみ…でも、それも昨日のような大きな余震があったら不可能になりかねない 、厳しい、極めて厳しい戦いですよ

あと何を隠してるんだろうな !!実は3号機は、圧力容器も吹っ飛んでいて、チェルノブイリ状態です、という事実だと思う

【原発問題】
福島第一原子力発電所の事故評価引き上げ 「レベル7」へ [0412 04:12]

福島原発事故、チェルノブイリと同じ「レベル7」も=報道
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-20554420110411

【福島原発「レベル7」】
「1カ月後の確認」に驚き 米紙、政府対応遅れを批判
2011.4.12 13:49
 米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は11日、福島第1原発事故の深刻度が国際評価尺度で最悪の「レベル7」と変更されたことについて「最も驚いたのは、このような大量の放射性物質が放出されたと公的に認めるまでに1カ月かかったことだ」と指摘する米原子力専門家の批判的な内容を紹介、日本政府の対応の遅さを強調した。

 記事は「日本の原子力災害、チェルノブイリと並ぶ」との見出しで「何人かの原子力産業関係者は数週間にわたり大量の放射性物質が放出されたと指摘してきたが、日本政府当局者は一貫してその可能性を低く見積もってきた」とも指摘した。(共同)

●レベル7基準(7が上限)
基準1: 放射性物質の重大な外部放出:ヨウ素131等価で数万テラベクレル以上の放射性物質の外部放出
基準2:原子炉や放射性物質障壁が壊滅、再建不能

●チェルノブイリ原発事故発生当時
http://www.youtube.com/watch?v=YZktGm2G12g
ロシア(旧ソ)の説明が今の日本政府と全く同じ調子

●やはり3号機の爆発で格納容器も圧力容器も上部が吹っ飛んでいる!?

16日撮影の福島第一原発の3、4号機
ttp://www.youtube.com/watch?v=gX_Zdh8fCic#t=1m30s

1分30秒から再生し始めるので、1分42から43秒で一時停止させる。
画面中央に少し褐色を帯びた灰色の不気味な煙が見える、その煙が出ている根元部分に注目!
瓦礫の山から円筒状の構造物が少し頭を出しているように見えるだろ?
それこそが圧力容器の残った部分ではないか?!!!!!

福島第一 MARK-I建屋構造 東京電力資料
ttp://twitpic.com/4dw475
東電自らが公表している格納容器の図によれば、地上3~4階のところに圧力容器のトップがあるように見える!
そもそも地上3~4階の部分など、吹っ飛んでいて何も残っていない!

【正論】
現代史家・秦郁彦 原発処理、もう米国に頼みたい
2011.4.12 03:04
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110412/dst11041203040004-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110412/dst11041203040004-n2.htm
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110412/dst11041203040004-n3.htm

≪ノモンハンに似る福島の戦い≫

 1939年に、満州国(現在の中国東北部)・モンゴル国境のノモンハンで、日本の関東軍と旧ソ連軍が戦った。双方とも2万余の死傷者を出して停戦になったが、ソ連軍指揮官のジューコフ将軍は敵の日本軍について、「下士官兵は優秀、下級将校は普通、上級幹部は愚劣」と評した。
 
新聞やテレビなどの報道によると、福島第1原発の作業員の生活環境は、ノモンハンと甲乙つけがたい悪条件らしい。防護服での作業を終えて、夜は鉛入りのシートを廊下やトイレの前に敷き、1枚だけの毛布にくるまり数百人が雑魚寝しているという。

 入浴もできず、1日2回の食事は非常食だけという、栄養失調すれすれのカロリーしかとっていないとなれば、避難所暮らしより辛いのかもしれない。それでも苦情ひとつ言わず、逃げ出しもせず、黙々と目に見えぬ放射能と戦いつづけている。彼らを放置している上級幹部の愚劣さ加減を見抜いたフランス紙ルモンドは、「下らない政府の下でよく国民はがんばっている」と皮肉った。《続きはネットで》

【官邸機能せず】(下)
その1 地方選惨敗もどこ吹く風 首相「まさかの友は真の友」
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110412/plc11041200230000-n1.htm
その2 混迷する大連立構想 「菅降ろし」の首謀者は? 交錯する思惑
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110412/plc11041200250001-n2.htm

【菅首相会見】
阿比留さんとは見方がかなり違う」(4/12夕)
2011.4.12 19:36

自分は戦後昭和21年に生まれ、戦後の復興を目のあたりにし、経験してきた?
馬鹿言ってる!!昭和31年で10歳、戦後復興のために何をしたのか?

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110412/plc11041219370026-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110412/plc11041219370026-n2.htm

2011年4月11日 (月)

福島原発・・・はお休み!!中谷さんちのラー油を紹介

今日は「福島原発人災事故・・・」はお休みします。

コーヒーブレイクです。

中谷さんちの 辛そうで辛くない…と思ったら、すごく辛い 食べるラー油 を紹介

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噂の桃ラーを越えようと、桃ラーレシピに手を加え、中谷さんち風に…

Img_4095_r_2 (材料)にんにく、フライドガーリック、フライドオニオン、アーモンド、鷹の爪、ホタテ、松の実、花椒、ウエイパー、一味唐辛子(朝鮮唐辛子でもいいよ!!)、ごま油(できれば佐原の…)、ラー油(これも佐原の…)、そのほか塩、醤油、砂糖などいろいろ

こんなところかな!!量は適当に、作り方は自由

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官邸機能せず(中)は下記からどうぞ!!

官邸機能せず(中)「現場主義」で3度目の視察 巻き返し狙う首相 官邸は「仙谷邸」化

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110411/plc11041101530000-n1.htm

又 春が来た! その2

Img_4110_r Img_4120_r  風評被害なんてクソくらえ!

目に見えない放射能におびえるより美味しい大地からの恵みを大いに楽しみましょう!

産直で今年の我が家での初物”筍”をゲット。今年は遅いそうでまだ小さいですが待ちきれません。庭の木の芽も新芽が出たので早速頂きました。最初の日は我が家伝統のたけのこの鍋。シンプルにとり肉、豆腐、季節の野菜、たけのこをポン酢で頂きました。第一声”あま~い!”筍の甘さに感激でした。次の日は定番の”筍ごはん”木の芽の香りが一段とおいしさを引き出します。もうそろそろ終わりなのが菜の花。震災の起きた頃が出始めでしたから、もうそろそろ終わり。産直で買うものは柔らかくて毎年心待ちにしています。そして私はパスタで頂くのが好きです。今回はツナとでしたがあればベーコンととても相性がいいです。

Img_4091_r もう一つゲットしたのがウド。シャキシャキしていて美味。明太子と和えてみました。久しぶりに八郷の納豆。納豆騒動で控えていたのですが、久しぶりに産直で並んでいました。

何とも贅沢な春の夕餉でした。Img_4093_r 

又 春が来た!その1

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東日本大震災から一か月。直接の被害もないのに何とも重苦しい毎日でした。めげずにテニスもしました。でも現実に起こるたびたびの余震は不安なものです。嵐のように吹き荒れた買いだめ騒動も落ち着き残ったのはとてもやりきれない憤りだけ。すでにスーパーの棚には納豆が残っています。改めて日本人の食に対する”意地汚さ”を思わずにはいられません。こんな飽食な日本にした責任は我々世代にも責任あるなと反省。昭和30年代の日本を思い出しました。十分とは言わないまでも、もうヒモジイ思いはしていませんでした。 納豆だけでも何種類もある今。本当に必要かしら?自販機もそう。すかり日本人は慣れ切ってしまったのですね!

さて時は4月。季節は確実に春です。静まり返っていた我が家周辺もこの週末、桜の開花と共ににぎやかになってきました。こんな風景を眺めているとうれしくなりました。そして我が家の庭も雑草達が元気に伸び始めていつもなら敵のような雑草たちもその青さがいとおしく感じられ丁寧に抜き取りました。そしてすでにある我が家のハーブが元気に伸びてきています。Img_4101_r ローズマリー、バジル、ジャスミン、そして今年はスペアミントとカモミールが加わりましたImg_4103_r。香りもさることながら可愛らしい花も楽しみです。お料理にそして今年はハーブティーも楽しんでみようと思っています。そしてこの時期の私の大好きなハーブ?木の芽もきれいな青々とした新芽をつけ早速その香りを初物のたけのこと共に味わいました。連休明けにはこれらにさらに紫蘇が加わります。Img_4106_r                          Img_4107_r_3Img_4108_r Img_4121_r_2              

2011年4月10日 (日)

福島原発人災事故!!本当のところは?その8

官邸が機能していない…高飛車、淡泊、伝わらぬ指示。
こんなにあっちこっち(内外)から、不適格と言われている指導者は聞いたことない。国の命運が個人の資質で左右されるなんて、恐ろしい!!

****NEWS Clipping****
【官邸機能せず(上)「開かずの扉」のその奥は…】
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110410/stt11041000390000-n1.htm

【菅首相の官僚外しと原発危機対策】
2011年 4月 10日  14:02 JST ..
http://jp.wsj.com/Japan/Politics/node_219448

【原発】「説明が必要だった」汚染水放出で菅総理(04/10 15:25)
http://news.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/210410015.html
 
【都合の悪いデータはすべて計器の故障にされました】

東日本大震災:福島第1原発事故 1号機の炉心計器、7日の余震で故障
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110410ddm003040121000c.html

東京電力は9日、7日に最大震度6強を記録した東日本大震災の余震で、福島第1原発1号機の原子炉の温度計など計器の一部が故障したと発表した。 炉心の状態を知る重要な機器が使えない事態だが、周辺の放射線量などから「原子炉は安定している」としている。

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 故障したのは、原子炉内の温度を管理する給水ノズル温度計と、核燃料の異常反応を監視する放射線検出器(CAMS)。
8日午前6時、温度計は9時間前の前回より約40度高い260・7度に、CAMSは3倍以上の毎時100シーベルトに急激に高まった。

原子力安全・保安院は、8日、福島第一原発一号機の原子炉格納容器内の放射線濃度が、毎時100シーベルトに上昇したことを明らかにした。
これは前日に比べて、3倍以上も高い放射線濃度にあたり、同炉内の温度と圧力も上昇しているという。
 放射濃度の急上昇に加え、原子炉の温度や圧力の急上昇しており、更に塩素が中性子に反応して生まれるクロル38という塩素が原子炉内で発見されたことなどから、炉内で再臨界が起きている可能性が高い。中性子は核分裂が起きたときに発生する。水蒸気爆発が発生し、圧力容器や格納容器が吹き飛び、今とは桁違いの放射性物質が流出する最悪のシナリオも考えられ、その場合、風向き次第では東京も避難対象となる可能性もある。

【東電の開き直り】
東電が隠蔽の理由を思わず吐露!! (昨日夜の会見後のぶら下がりで…)

記者「確認しますとかあいまいな答えじゃなくてちゃんと情報開示するようにお願いしますよ」
東電「コレ言っちゃ問題発言かもしれないですけど、結局言った言わないになっちゃうから無理なんです。官房長官もおっしゃってるでしょ、事故調のなかで争うことになると思いますよ。 申し訳ないですけど、我々も人質たくさん取られてますから。 やっぱり民間企業は・・・弱いです。」

人質ってなんだ!!
http://www.ustream.tv/recorded/13874534

逆に東電が政府を馬鹿にしているのか?本心…政府は東電に文句が言えない!!

【東電が巣作り、民主党】

統一地方選の標語「ちょっと待て!その無所属は民主かも」

http://ime.nu/www.denryokusoren.or.jp/kikanshi/tsubasa/168.pdf
http://ime.nu/www.denryokusoren.or.jp/kikanshi/tsubasa/159.pdf

2011年4月 7日 (木)

福島原発人災事故!!本当のところは?その7

ニュース深読み

ニュースがすべて正しいとは言わないけれど、これだけ何でもアリ!!権力権者であれば何やってもよいと思っているのか?国民不在、海外まで敵に回して!!

【注 意】
民主の都合の悪い情報を「公序良俗に反する情報」って言うのです。
総務相は6日、インターネットサービス事業者ら通信各社に対し、東日本大震災に関するネット上の流言飛語について、

表現の自由に配慮しつつ、適切に対応するよう要請した。 ネットのサイト管理者らに、法令や公序良俗に反する情報の自主的な削除などを求める。
震災後、地震や原発事故についての不確かな情報がネット上で流れ、国民の不安をいたずらにあおり、 被災地などでの混乱を助長しているとして、関係省庁で対応を協議していた。

 総務省:ネットの流言飛語、管理者の自主削除を要請 (http://headline.2ch.net/test/read.cgi/bbynews/1302102932/

【批 判】
首相官邸の初動対応で、「菅首相の行動が裏目に出た」との批判が出ているのが福島第一原発の視察だ。

 地震発生から一夜明けた12日早朝、首相を乗せた陸上自衛隊のヘリコプターが官邸屋上から同原発に向かった。
「とにかく現場が見たい」との首相の強い意向で、視察は約50分続いた。
当時、1号機は原子炉格納容器内の圧力が高く、首相が視察にたつ約3時間前には、海江田経済産業相らが弁を通じて高圧の蒸気を放出するベント作業を急ぐよう指示 。
だが、実際の作業着手は、首相が視察を終えた1時間後だった。

枝野官房長官らは視察の影響を否定するが、蒸気放出で放射性物質も原子炉外部に拡散するため、 「首相に危険を及ぼさぬように作業を遅らせた」(自民党幹部)との見方が広がった。
(2011年4月1日09時32分 読売新聞)

http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110404k0000m010149000c.html
福島第1原発:東電、ベント着手遅れ 首相「おれが話す」

http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110404ddm010040023000c.html
検証・大震災:初動遅れ、連鎖 情報共有、失敗(その1)

http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110404ddm010040035000c.html
検証・大震災:初動遅れ、連鎖 情報共有、失敗(その2止)

【勝負時を誤る】
震災当日の11日夜には保安院が「炉心融解」の危険性指摘してる 11日夜から12日にかけてが勝負だった。
国が東電を管理化に置いてアメリカでもロシアでもあらゆる支援を受けて廃炉決定で全力対応しなけりゃならなかった。
菅がやったのは東電に丸投げ、パフォーマンスのための視察演出、韓国人違法献金への口止め・・・

週刊文春 本日発売 (http://www.zassi.net/mag_index.php?id=135

* 菅直人 震災翌日「献金韓国人」に口止め電話!〈スクープ これは被災者への背信行為だ〉

【更 迭】
炉心溶融の可能性をすぐに把握した審議官を更迭するという極めて間違った判断が、海水注入の遅れにつながったようだ。
本誌(http://www.news-postseven.com/archives/20110405_16641.html )は4月1日号で原子力安全・保安院の中村幸一郎・審議官の“更迭”をスクープした。
 
 東大工学部出身の技術キャリアである中村審議官は、震災翌日の会見で、検出された 放射性物質から、「(1号機の)炉心の中の燃料が溶けているとみてよい」と炉心溶融の 可能性に言及した。正しい認識だった。
 ところが、菅首相と枝野幸男・官房長官は、「国民に不安を与えた」と問題視し、中村氏を 会見の担当から外すように経産省に指示したのである。そして、枝野長官は会見で、炉心 溶融情報について、「炉を直接見ることはできない」といってのけ、中村氏の正しい指摘を封印した。
 あの段階でメルトダウンを認め、すぐに海水注入の措置を取っておけば、その後の水素爆発、 放射性物質の拡散は防げた可能性が高いと専門家は指摘する。菅氏、枝野氏が国民を 危機に陥れた責任は非常に重い。

【改ざん】
原発事故で、政府の原子力災害対策本部が、首相官邸ホームページ(HP)で公開する 経過録で、3月12日実施の1号機の緊急措置「ベント」の開始時刻を、4時間余り早め、書き換えていたことが6日、分かった。

ベントは炉内圧力を下げるため、放射性物質を含む蒸気を周囲に排出する非常手段。
当初、「午後2時半開始」と記入されていたが、3月27日に「午前10時17分」に変更された。
経産省原子力安全・保安院の担当者は「当院は当初からベント操作着手を10時17分 としており、官邸に指摘し、表記が変わった」と説明。
ただ官邸HPが、その時刻に「操作着手」でなく「開始」となっている点は 「官邸側に提起したい」と語るにとどめた。

ソース:スポーツ報知

http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20110407-OHT1T00034.htm

【勝谷誠彦の××な日々】2011年4月1日号。

<その時「狂王」菅直人は言ったという。「これであと2年できるな」。四月馬鹿ではありません>。

ここ何日か「嘘つきども」が立て籠もっている場所に極めて近い人びとから、さまざまな情報が私の耳に入っている。その中には、菅直人首相やその一派に近いと思われていた人もいて、そうした人びとがあまりの「狂王」ぶりに唖然となって、離反をはじめているようにも思われる。

 くどいようだが以下のことは「四月馬鹿」ではない。本当の話である。

 菅さんの周囲の人びとの耳の底になお響いているひとことがあるという。なんと、この国難に当たって菅さんは「これであと2年できるな」と言ったというのである!

 確かに震災が起きる前の菅さんは絶体絶命だった。外国人からの献金が明らかになり、その前に同じ疑惑で前原誠司外相が辞任していただけに進退きわまるところだった。これまた今になってわかった情報だが、ある新聞社は「菅さんが外国人からの献金だと認識していた」証拠を握っていて、次はそれが報じられるはずだった。自民党としては完全にクビをとったと思っていたのである。日本列島が未曾有の災厄の中にたたき落とされたのは、その日の午後のことだった。

 「あと2年できるな」はまさに本音だったのだろう。しかしそれは首相としてだけではなく人間として言ってはならないことだ。さすがの側近たちも呆然としたというのがよくわかる。

 菅さんはとにかく原発に「水をかけろ、水をかけろ」と言うらしい。理由は「テレビ映りがいいから」なのだと。命を的に突っ込んでいっている勇士たちの仕事を「テレビ映り」でしか判断できない男が、この国難の折に最高指揮官をつとめているのだ。

 週刊誌などに書かれてきた初動の「最大の嘘」もウラがとれた。アメリカ側からの話なので間違いない。官邸はアメリカが提供しようとした冷却剤を確かに「断った」のだ。短い記事だが、大村秀章愛知県知事のこの発言はほぼ正しいことがわかった。

 <大村知事が首相批判/「米の冷却剤申し出断った」>http://www.chunichi.co.jp/article/aichi/20110320/CK2011032002000127.html

 <大村秀章知事は18日、豊田市で開かれた会合で「福島第1原発で1号機が爆発した時、米国が急速冷却剤を提供すると申し出たが、菅直人首相は断った。週刊誌などにも出ているが、これは事実だ」と発言し、「政治家に必要な決断ができていない」と菅政権の対応を批判した。>

 会見で人気の枝野幸男官房長官だが、この件に関しては国民の前で真っ赤な嘘をついたことになる。それを知ると、彼の口から出ている「人体への影響がない」などという一連の発言もすべてが疑わしく思われるのは仕方があるまい。
 ひとつの嘘を隠すためには次の嘘をつき続けなくてはいけない。アメリカが素早く冷却剤の提供を申し入れたのは、私がここに書いてきたようにまずグローバルホークを飛ばして現状を偵察し、その酷さに驚愕したからにほかならない。もちろんその情報はすぐに日本側に提供されたが、いまなお政府か公表を拒んでいるのはご存じの通りだ。それが明らかになると冷却剤提供のいきさつの嘘までバレかねないからだろう。

 アメリカも必死である。放射性物質が太平洋を渡って西海岸などで検出されはじめると国民の批判が政権へも向けられかねないからだ。世界一の原発稼働国で、原発産業で稼いでいることもある。ご存じのように米軍は全力で協力してくれているしCIAだけで400人の要員を送り込んできていると聞いた。日本国政府の情報は全く信用できないと思っているのだ。当事者である私たちはそんな国に住んでいるんですよ(泣)。

 アメリカなどがいま提案してきている解決方法はまず格納容器と地面との間にセメントを注入してそこを分離することだという。このままだと汚染された水がどんどん大地にしみこんでいってしまい、それが今後のあらゆる作業の障害になるからだ。この技術は、世界に誇る日本のゼネコンならば持っているらしい。しかるのち、燃料の温度を下げながら最終的には原子炉全体をやはりコンクリートで覆ってしまう。チェルノブイリ方式の「埋葬」だ。「今後必要なのは土木だ」と表現しているとも聞いた。

 日本の大マスコミは枝野さんのまえにのんべんだらりと座っているのではなく、むしろ海外から情報をとればどうか(苦笑)。そういえばここでリンクして提供し続けてきた情報も多くは海外のものでしたね。

 これだけ情報をコントロールされながら、政権への批判が起きないというのが私には不思議でならない。東電の悪口は書く。しかし「菅さんじゃダメだ」という論調が出て来ない。非常時だからそんなことをしている場合ではない、というんじゃないでしょう。非常時だからこそダメなリーダーをそのままにしておけないんでしょう。菅さんは明らかに東電を矢面に立てて悪者にして、その陰に隠れている。そして「これであと2年できるな」なのである。

 だからこんな動きは実現しないと私は思っている。

2011年4月 5日 (火)

福島原発人災事故!!番外編「管 語録」

菅 「民主主義とは期限を区切った独裁だ」と明言してはばからない…その結果、「保身」と「隠蔽」が常につきまとう。

(産経新聞要約他)

不謹慎、そこに被災者に寄り添う姿勢はまったく感じられない。
もともと今に始まったことではない平成16年10月の愛媛・高知の甚大な台風被害、直後の新潟県中越地震が発生、10万人以上の避難者を出した時、「あい続く天災をストップさせるには、昔なら元号でも変えるところだが、今必要なのは政権交代ではないか」
まるで政権交代すれば天災は起きないかのような無責任な言葉!!

保身優先、危うくする記者会見、ぶらさがりから逃げている。管が首相にしがみついている間に日本が沈んでゆく!!

3月13日震災について(記者会見)
  果たしてこの危機を乗り越えていくことが出来るかどうか、一人ひとりの日本人に問われている
3月15日福島第一原発の水素爆発に関し、(東電の統合本部で発言)
  官邸に一時間くらい連絡がなかった。一体どうなっているんだ、撤退したら東電は百パーセントつぶれる
3月16日原発対応について(笹森清元連合会長との会談)
  僕はものすごく原子力に強いんだ。自分は詳しいからものすごい対応をしてきた
3月21日福島第一原発に関し(緊急災害対策本部のあいさつ)
  危機的状況を脱したところまではいかないが脱する光明が見えてきた
3月27日震災対応の指揮系統について(山口二郎北大教授らとの会談)
  自分としては一生懸命にやっているけれど、外から見ると線が複数あるように見えるのかな
3月29日12日の原発視察を政治パフォーマンスなどと追及され(参院予算委員会)
  視察によって(ベントなどの作業が)遅延したという指摘はまったくあたっていない
  現地の責任者を見たことがその後の対策を立てる上で極めて有効だった
4月2日避難所を訪問し高齢の女性に岩手県陸前高田市の米崎小学校で…わずか20分の滞在?)
  長い間を考えたら住むのは高い方が安心ですよね。チリ津波を覚えていますか
(赤いランドセルを見つけて)
  新しいんですか。ナントカ直人がくれたのかと思いました…

●菅直人語録  2010/01/06(水)

菅直人語録
「ミサイルが何発か飛んできたら考える」 ※テポドンのとき
「(牛丼喰って)フトコロの寂しい会社員に受けている感じだ」
「自衛隊派遣は憲法違反だ!だが私の発言は気にしないで欲しい」
「エズミマキコさんの参考人招致を求める。嫌なら審議拒否だ!」
「靖国参拝は憲法違反だ。総辞職しろ!」→小泉1/1に靖国参拝→「8/15に参拝しないのは公約違反だ。総辞職しろ」
「二世議員の存在は絶対に良くない!」→息子が出馬する→ 「(源太郎に)選挙区を譲ったわけではなく、二世議員の弊害はない」
「優秀な人材を探したら、たまたま息子だった」
「君、ルートって知ってる?最近の人はルートも知らないんだよね。  いいかい、3.141592・・・」
「(諫早湾の干拓工事を)誰の許可でやっているんだ!」←自分が大臣時代に了承してる
「深く考えずに署名した」※シン・ガンスの無罪釈放を求める嘆願書
「民主党が政権をとれば株価3倍」
「乾杯だとカンパイ(完敗)になりますから、カンショウ(完勝)と言いましょう。では、カンパ~イ!」

菅直人経済語録
「民主党が政権をとれば株価3倍」
「55歳で月50万円もらえる新しい職業はないか調べたけど無い現状を見て、不況だと感じた」
「経済政策は考え中第三の道を模索する(昨年11月)」
「無駄な公共事業削減が一番の景気対策」
「事業仕分けやったからこれから景気がどんどん回復する」
「外貨準備を10年で半分に減らすべき、それを埋蔵金として使える」
「トヨタには数兆円の内部留保がある、それを吐き出せば派遣切りなんてする必要は無い」
官僚「補正予算を削るとGDPが減りますよ。」→菅「無駄を削ってマイナス成長とはどういうことだ!」
「エコポイントとかソーラー発電で景気は回復する」
「株式売却益課税は20%でも30%でも上げるべきだ」
「高速道路を無料化して、自動車税を1台につき5万円上げる」
「いざとなったら米国債を売ればいい」

●菅直人首相のマヌケ発言集
http://ameblo.jp/sankeiouen/entry-10557761641.html

2011年4月 4日 (月)

福島原発人災事故!!本当のところは?その6

人間は歴史から学ぶことが多いのです。なかでも自然の痕跡は嘘つきません。

それを無視すると手痛い目にあいます。今回の原子力事故は、過去に無視してきたしっぺ返しなのです。原子力行政、東電などは過去を振り返ったら成り立たなくなることを恐れ、徹底的に過去を無視しました。

亡くなったか方は死にきれません。

今日は「津波にまつわる話」を紹介していきましょう。

今、ブログではいろいろな話を紹介してくれます。

自分は「稲むらの火」の小学国語教本写しを持っていて、思い出しました。Img_4086_r_2

日本には時々恐ろしいほどの津波が襲ってきたことを記憶しておくべきでしょう。岩沼の地権者さんには、昭和初期の津波のことや戦後のチリ地震での津波の話を聞いたことがあります。仙台バイパスの近くには、津波の記憶を刻んでいる波分神社があります。また本で知ったのでは、明治29年の三陸大津波があります。最大到達点が38mの地点もあり、数万人の死者を出したそうです。さらに名取の地権者さんに聞いた話では、大昔に貞観津波という巨大津波が名取を襲ったという古記録が清水峰神社にあるそうです。このように時々ではありますが巨大津波はあったのです。

「稲むらの火」という小説でとてもいい話

Img_4088_r 「稲村の火」の抜粋を記します。小説では主人公の名前が五兵衛となっています。
江戸時代の和歌山県の話。ある海辺の村で庄屋をやっている五兵衛は、長くてゆったりとした強い地震の揺れ方と唸るような地鳴りに恐怖した。
海を見ると波が沖へ沖へと引いていくではないか。みるみる海岸には広い砂原や黒い岩底が表れてきた。
「ただごとではない。大津波がやってくるに違いない。」
五兵衛は昔おじいさんから聞いた「地震の後に海が引いたときは大津波が来る。」ということを思い出したのです。

五兵衛は高台に家を構えていたため、この恐るべき海の変化をつぶさに観察することができました。
その日、村は秋のお祭りの日であり、ほとんどの村人は海辺のほうに集まっていました。
このままでは、村の400人が村ごと津波にさらわれてしまう。
とっさに五兵衛は家に駆け込み大きな松明を持って飛び出したのです。
そして、家の前の田んぼにあった刈り取ったばかりの稲むらのすべてに火をつけました。
「もったいないが、これで村中の命が救えるのだ。」
孫がこれを見ていて、おじいさんが気が狂ってしまったと勘違いして泣き叫ぶありさまでした。

ところが海辺でこの火事を見ていた村人たちは、「あ、火事だ。庄屋さんの家だ。」と村人は急いで高台を目指して駆け上がるのでした。
全員が高台に上がってきたことを確認した直後、大津波が村を襲い、すべてを飲み込んでいきました。
村人全員は大津波に流され跡形もなくなってしまった村をただあきれて眺めるばかりでした。
稲むらの火は、風にあおられてさらに燃え上がり、夕闇に包まれたあたりを赤く照らしていたのでした。

この美しい小説は、ラフカディオ・ハーンすなわち小泉八雲が江戸時代のこの実話や明治三陸大津波を題材にして書き上げたものです。
しかし、実際はこの庄屋さんでありヤマサ醤油の会長でもあった浜口儀兵衛は、この後さらに素晴らしい行動をするのです。
津波が去った後に私財をなげうって大きな堤防を作りさらには村の復興にも力を尽くしたのです。
この村では今でもこの津波のあった日に「津波祭り」というのをやっていて注意を喚起することに努めているそうです。

稲村の火はなぜ消えたのか ?

この話は江戸時代末期に和歌山県で起きた実話を基に、子供用に作った物語です。作者は小泉八雲(ラフカディヲ・ハーン)。作者が外国人であったため、この美しい小説は日本だけでなくアメリカやヨーロッパの各国語に訳されて今も外国の子供たちが習っているそうです。しかしなぜか戦後の日本では、津波の危機管理にも役に立ち、しかも世界にも誇れるこの美しい小説を教科書から消してしまったようです。どうしてなんだろう。

戦後GHQ占領軍はこの素晴らしい小説を教科書から消してしまいました。

教科書から消されたものはたくさんあります。
軍国主義的なもの、国家主義的なもの、天皇陛下を讃えるもの、忠君愛国的なもの、日本の伝統文化のすごさ素晴らしを表現したもの、滅私奉公的なもの、自己犠牲の精神のあるもの、公徳心のあるもの、国家・地域へ恩返しをすることをたたえる内容、民主主義的でないもの、平等主義に反するもの、年上や位の高い人を讃えるもの、日本の偉人伝、例えば、二宮金次郎・楠正成・和気清麻呂・大村益次郎・大山巌・・・(たくさんあります。)

今回の大津波ではあまりにも多くの人がなくなりました。地震から津波までは30分ぐらいありましたが逃げなかった人。また第一波はわずか50cmぐらいしかなくて、それで終わりだろうと安心して戻った人が、一時間後に強烈な第二波にやられてしまった人もいます。一度逃げたが、通帳など大事なものを取りに家に戻り巻き込まれた人など様々います。
もしこの防災教育にも役立った「稲むらの火」が戦前同様教科書に採用されていたなら、多少なりとも「真っ先に逃げる」
「とにかく逃げる」という意識につながったかもしれません。

それよりもなによりも現政権の政治家たちは、GHQが意図した超民主主義的な教科書で習い、しかもその意図通りに歩んできた優等生たちです。
だから津波など「有事に備える。」という意識自体ないのです。国防の重要性が見えないのです。
そのため、麻生元総理が唱えた「100年、200年に一度あるかもしれない大水害に備えるためのスーパー堤防構想」に反対し否決しました。
「100年、200年にあるかどうかもわからない水害対策にお金使うって無駄じゃないでしょうか。」
さらには「コンクリートから人へ」などという甘い幻想にとらわれ、砂防ダムを造るのをやめ、もう一つのダムともいえる田んぼの整備をする「土地改良事業」を半分に減らし、国内流通の生命線である道路事業費を削ったため道路整備がままならなくなっているのです。
まさしく有事に備える、国防こそが最大の福祉ということが理解できないのです。
堤防なんかにお金使うより、こどもたちにお金配ったほうが喜ばれるじゃん。こんな発想なのです。
人のために必要なコンクリートを作りましょう。

《貞観地震》
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%9E%E8%A6%B3%E5%9C%B0%E9%9C%87

●貞観地震とは

津波災害は繰り返す 陸奥国府を襲った貞観年津波

箕浦 幸治 みのうらこうじ
1949 年生まれ
現職:東北大学大学院理学研究科教授
国 際バイカル湖掘削計画研究企画委員長
専門:地質学および古生物学

●広域連動、想定せず 869年「貞観地震」タイプか

【東北・太平洋沿岸地震】
 今回のマグニチュード(M)8・8の地震は、岩手県沖から茨城県沖の震源域が連動したとみられ、専門家は「ここまで広い範囲で連動して起きるとは想定していなかった」と、研究や対策の対象にしていなかったと話す。869年に発生した「貞観地震」と震源域が近く、似たタイプの可能性があるという。
理科年表によると、貞観地震は三陸沖を震源とするM8・3の巨大地震。城郭などが無数に壊れ、津波が多賀城下を襲い、約千人が溺死した。古村孝志・東京大地震研究所教授によると、貞観地震の震源域と考えられる範囲は、今回の地震の発生場所に近い。
 古村教授によると、30数年周期で繰り返し発生すると想定されていた宮城県沖地震はM7・5クラス。今回はその約90倍のエネルギーだ。連動して起きる地震としては、東海、東南海、南海の研究が進められている。

●津波災害は繰り返す

 今から3500年前、エーゲ海で巨大な津波が発生し、これによる災害はクレタ文化圏に 大きな衝撃を与えたとされています。いくつもの文明が興亡した後の現在でも、それが土地 の言い伝えとなって残されています。我が国でも、各地に津波災害が伝承され、惨禍は教訓 として語り継がれています。陸奥国府に津波が襲来したとする9世紀後葉の記録が残されて おり、この歴史上の津波を、最先端の地球科学により解明することにしましょう。

●陸奥国府を襲った貞観年津波(じょうがん)

 3代実録(日本紀略、類聚国史171)の貞観11年5月26日(西暦869年7月13日)の記録に、 次の注目すべき災害の発生が記されています。「陸奥国地大震動。流光如晝隠映。 頃之。人民叫呼。伏不能起。或屋仆壓死。或地裂埋殪。馬牛駭奔。或相昇踏。 城郭倉庫。門櫓墻壁。頽落顛覆。不知其数。海嘯哮吼。聲似雷霆。驚濤涌潮。 泝徊漲長。忽至城下。去海数千百里。浩々不辧其涯俟矣。原野道路。惣為滄溟。 乗船不湟。登山難及。溺死者千許。資産苗稼。殆無孑遺焉。」
 内容は、光を伴った鳴動と共に大地震が起き、 次いで押し寄せた津波は平野の奥深くまで侵入して陸奥国府の城下まで達し、 1000名を越す犠牲者が出た、と解読されます。
 この事件より120年前の天平21年(西暦749年)春、 今の小田郡湧谷で黄金が多量に出土し、辺境とされた陸奥は時の権力にとり一躍最重要の地域となりました。 以来この地では、黄金を求めた朝廷と先住民との間に軋轢が増し、 やがて抗争へと発展していきました。策謀と遺恨が対峙して各地で世情の不安が募るなか、 仙台湾の沖で発生した地震津波が襲来したのです。当時の朝廷が受けた衝撃の大きさは、 この災害の詳細な記録からも伺えます。
 被災した国府はどこにあったのでしょうか。貞観の地震津波に関する言い伝えや逸話などを各地で見聞しますが、その実体についての信頼に足る歴史的記述は意外に希です。正史の記録にある城下を陸奥多賀国府の館と読みとれるものの、その地理的位置に関しては諸説があります。これまで主流とされてきた現在の多賀城市とする説に対して、多くの歴史的記述を背景として異論を侍した渡邊偉夫氏は、岩沼の「武隈の館」をその場所とする解釈を提唱しています。
 現在ではそれぞれ仙台平野の北部と南部に位置しており、いずれにしても1100年ほど前に仙台平野に津波が押し寄せたことに変わりはありません。平野が氾濫して青海原が出現したとする記述は、膨大な量の海水の溯上により仙台平野が広範囲に水没した様子を暗示しています。
 この津波災害に関わる伝承・記録は、東北地方から房総半島にかけての太平洋沿岸の広い範囲に及んでおり、知られ得る限り最大級であったと考えられます。東北日本で近代的観測が始まって以来、最大級の津波の場合で、海岸より2㎞に満たない海水の陸上溯上距離です。歴史資料が示す平野の水没は、貞観津波が常識を越えてはるか内陸部まで溯上したことを示唆します。貞観の津波は、説明の及ばない自然現象なのでしょうか。
 海岸平野では急速な市街化が進み、海岸域にまで開発が及んでいます。 こうした状況にあって未曾有の津波襲来が予想されるならば、我々はその時期と規模を理解することが 急務であると認識しなければなりません。貞観津波の解明は、破局的自然現象としての津波の科学的理解 に貢献するのみならず、地域の防災上極めて重要となります。

●津波災害の痕跡

 北と南から流下する北上川・阿武隈川と奥羽脊梁山脈に起源する数条の河川による埋積作用によって、 仙台平野は作られました。良く知られていますように、伊達政宗の仙台開府以来、 平野の後背湿地をひたすら排水することにより、現在の広大な耕地が開拓されました。 記述にあるように仙台平野に貞観の津波が押し寄せていれば、年代論的に、 耕地の下に津波の溯上が痕跡として残されていることになります。
 この期待を持って発掘を試みたところ、厚さ数㎝の砂の層が仙台平野の広範囲にわたって分布 している事実が明らかにされました。様々な地球科学的分析により、砂は津波によって運ばれ堆積 したと結論されました。地層に含まれる木片の放射性炭素年代は、砂層の堆積年代が貞観の時代を 示唆しています。す同様の砂層が相馬市でも発見され、津波堆積層の広がりから正史の記録に誇張 はないと判断され、津波は仙台平野を水浸しにしたのは事実のようです。
 最近、多賀城市埋蔵文化財調査センターにより、市川橋遺跡から9世紀後葉の大規模な津波災害 の跡が発掘されたと報じられました。この発見により、多賀の国府城下に貞観の津波が押し寄せて 大きな被害が発生した事実が、明らかとなりました。歴史上の津波災害の実態が学際的な研究を通 して解明される事例を、貞観の事件にみることができました。

●津波災害の再来

 津波発生の理工学的解析を今村文彦災害制御研究センター教授と共同で試み、貞観津波の数値的復元に成功しました。 これにより、仙台平野の海岸で最大で9mに達する到達波が、7・8分間隔で繰り返し襲来したと推定されました。 相馬市の海岸には更に規模の大きな津波が襲来したようです。将来予測は、科学の最大目的の1つです。 大きな津波が仙台湾沖で将来発生する可能性があるとして、 その時期は何時頃でしょうか。再来予測を可能にする科学的根拠を再び地質学に求めることができます。
 仙台平野の表層堆積物中に厚さ数㎝の砂層が3層確認され、1番上位は貞観の津波堆積物です。 他のいずれも、同様の起源を有し、津波の堆積物です。放射性炭素を用いて年代を測定したところ、 過去3000年間に3度、津波が溯上したと試算されました。これらのうち先史時代と推定される2つの津波は、 堆積物分布域の広がりから、規模が貞観津波に匹敵すると推察されます。
津波堆積物の周期性と堆積物年代測定結果から、津波による海水の溯上が800年から1100年に1度発生していると 推定されました。貞観津波の襲来から既に1100年余の時が経ており、津波による堆積作用の周期性を考慮するならば、 仙台湾沖で巨大な津波が発生する可能性が懸念されます。
 伝承や文献記録の内容が全て真実であるとは限りません。しかしながら、1100年余の時を経て語り継がれた 仙台平員長野での災害の発生は、幸運にも、津波の科学的研究を通してその正当性が実証されました。こうした 破壊的な災害には、数世代を経ても、あるいは遭遇しないかもしれません。
 しかし、海岸域の開発が急速に進みつつある現在、津波災害への憂いを常に自覚しなくてはなりません。 歴史上の事件と同様、津波の災害も繰り返すのです。

《参考》

東北地方太平洋沖地震 西暦869年貞観地震に伴う津波の研究

平安の人が見た巨大津波を再現する-西暦869年貞観津波-  

             独立行政法人 産業技術総合研究所 活断層・地震研究センター

2011年4月 1日 (金)

福島原発人災事故!!本当のところは?その5

船乗り“Pirate Captain HOOK”は感銘を受けました。
日ごろ相模湾などで大変お世話になっているJAPAN CoastGuardは地震発生(PM14:46)直後、緊急出航したのでしょう!!一時間後、PM15:47から10分間、津波の状況を捉えました。15:50頃には陸地から返してきた津波が「まつしま」の後ろから追い越します。

大変貴重な映像です。冷静、沈着な操船、宮城海上保安部に敬意を表します。

昔から、海では“荒れてきたら沖へ出ろ!!”・・・リショァーに近寄るのは危険!!と教えを受けています。津波の時も出来る限り沖へ出て、津波に直角に操船することが大事です。それも船首で迎えることです、巨大な波を横で受けたらひとたまりもありません!!

3月11日福島沖 海上保安部巡視船「まつしま」より撮影した津波
Navy Vessel runs into Tsunami on Ocean near Eathquake Center
http://www.youtube.com/watch?v=XHitvfd9IUQ&feature=player_embedded#at=14

*Navyではありません。JapanCoastGuardです。

●放射線量は風向き、天気の状況で大きく影響範囲が変わります。ヨット乗りでは常識です。
(放射線量と風向きの分かるHP)
中部大学/武田先生のHP(海で仕事をする人、遊ぶ人は必見!!):http://takedanet.com/2011/04/post_643a.html

茨城県:http://www.pref.ibaraki.jp/20110311eq/index2.html
ドイツ気象庁:http://www.dwd.de/

(文部科学省 原子力安全課 原子力防災ネットワーク)http://www.bousai.ne.jp/vis/index.php

●海外の「原発大国」から協力を得る姿勢に舵を切りはじめた!!
政府、東電はフランス/サルコジ大統領の来日、アメリカの原子力支援隊の派遣準備等、やっと表立って支援を受けること決心したようです。震災発生から3週間、今まではプライド高く、何も決断できず、ずるずると最悪のシナリオに追い込まれ、収束できないあせりから、やっと気がついたようです。
協力する米仏両国にも、それぞれ思惑がうかがえる・・・が、この際、全世界の英知をいただいて、解決しなければいけないと思います。

●そうなんです!!福島原発の危機は「放射能との戦争」なのだ!!
戦争となると、政府は隠し事をする。放水作戦を軍(自衛隊)に託し、固唾をのんで見つめるのも、政府が本当のことを全部発表していないのではないかと不安になるのも、私たちがいま、戦争みたいな状況にはまり込んでいるからだと・・・
ましてや、その主導権を外国に委ねるわけにはいかない!!・・・と整理しました。

でも、第三者的な訳の分からない、責任の無い学者がはく意見に傾聴して、窮地に追い込まれ、国民の生命を脅かした責任は政府にあります。機能不全の官邸・・・「悪しき政治主導のなれの果て」とまで言われて・・・

●アホバカ間抜けなうえに自国民を憎む政権なんて前代未聞
戦時救国内閣を組織して一致団結して国難に挑むことを早くしなければいけない。だけど条件がある!!アホ菅以下民主党の連中は自分たち働かないで、責任も回避して、最後の良くなったときの結果だけ自分のものにすること明白。救国団結と馳せ参じても責任を押し付けられる!!気をつけないと!!
市民運動家、労働組合活動家の生き様、保身術なのです。

●管さん、最近特に目線がうつろななほど衰弱して見えます。(断末魔で のたうつ管)
国全体の復興など出来ない、いまや「管ぬき」が救国大連立の絶対条件。でも国民は「管ぬき」の意識に無い!!管の思う壺。
政治無策の唯一の解決策は、管が自ら身を引くこと。今なら引けますよ!!

(参考)

●中部大学 武田先生の「原発緊急情報」・・・放射線拡散シュミレーションほか
http://takedanet.com/
●田中 宇先生の「原発事故をめぐる考察」・・・ちょっと田中先生らしくないが・・・
http://tanakanews.com/110331japan.htm
●アメリカ大使館HP
http://japanese.japan.usembassy.gov/

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